小さな袋をテーブルの上に投げ捨てるように置いた。まるで新庄に見せつけるみたいに。赤星は新庄の腹の上にまたがって逞しい両腕をベッドの白いシーツに縫いつけ
た。少しの下品さがある笑顔で新庄の顔を見下ろす。もちろん新庄は臆する素振りなんて
微塵も見せずにただ鋭い目で下から赤星を睨みつけていた。赤星はさあ、どうやって理性を崩してやろうかなんて事を新庄の顔をいやらしく眺めながら思案していた。
「抵抗すんの?」
「当たりめーだろが」
「そっスか」
分かっていながらもわざとそんな事を聞くのは趣味みたいなものだった。同じ男として不思議になる
ほど新庄には性欲というものが無いように見受けられた。新庄の方から赤星の体に触れてくる事などはまさに有り得なかったからだ。もちろんどこかで誰かを相手に
性的欲求を処理しているなんて事は考えにくい。それこそ彼の日常は野球がほぼ占めていたし、それ以外の時間は何だかんだと言って赤星に捧げられていた。そもそも
性欲があるのか自体が謎に等しかった。それなのにたとえばキス一つで新庄の目は蕩けた。脇腹にそっと触れただけでか細い声を上げ、赤星を睨みつけている
その目に僅かな量の涙を溜める。けれど最後の最後まで理性を保とうとする姿勢だけは貫くらしかった。赤星はいつもその一途とも言える理性をどうやって崩すかについて
考えを巡らせる。とは言ってもそこに努力は欠片ほども無く、それを悪意など無く楽しんでいるのだった。
「気持ちいいことして欲しくねーの?」
「ねーよ」
「うっそだ」
「ねえって」
「いっつも最後は泣くくれー感じてますけど」
そう言うなり新庄の唇を奪った。新庄は両腕を押さえつけている赤星の腕をどうにか退かそうと試みるが全体重をそこに掛けられているらしくびくともしない。
わがままな舌が図々しく新庄の口内を蹂躙する。柔らかくてぬるぬるした感触。放っておくと唇がひりひりし出しても赤星は止めようとしない。
ようやく唇に自由が戻ったと思ったら、次は耳を銜えられた。人間とはどうして耳なんていう出っ張った分かり易い部分が性感帯なんだろうか。新庄は不思議で
ならなかった。耳だけの愛撫で明確な快感が下腹部にまで及ぶ。すでに反応している自分のそれが、新庄にはひどく惨めに思えた。どうして男に、しかも後輩に
こんな事をされているんだろう。
「も、止めろっ・・・」
「・・・立ってんじゃん」
「てめ、何で俺が下なんだよ・・・いつも」
「そんなん俺のが愛してるからに決まってんじゃねーっスか」
さも当然だとばかりに豪語した。実際赤星にとっては当然以外の何ものでも無かった。
「勝手なこと・・・言うな・・・コラっ・・・」
「じゃー俺より新庄さんのが愛してくれてんスか?」
首筋から顔を離した赤星は不敵だと形容できる笑みを浮かべて揶揄ように言った。新庄は何も言えなくなって拗ねたような顔になった。このときばかりは赤星は
自分の愛の方が強い事実を誇らしげに掲げる。
「それにね、男が足広げて突っ込まれるなんて、可愛い人しかしちゃいけねーの。分かる?」
「おまえ気持ち悪りーこと言うな」
「いやいやいや。可愛いから可愛いっつーんでしょーが」
「ちょ・・・赤星・・・はっ・・・」
長袖のTシャツを乱暴に捲り上げて唇と舌であらゆるところを弄ぶ。ここまでくれば新庄の体からは徐々に力が抜けて行った。普通の青少年だったらこの時点で理性も恥も
何もかもが消え去るだろうけれど、新庄はそうは行かないのだ。止めろ、止めろ、とうわ言みたいに繰り返して、弱々しい力でどうにか制止しようとする。そんな反応が
また理性なんてほぼ捨て去っている赤星の興奮をかき立てるだけなのだから、何をしても赤星が止まる事はない。
「ああ・・・はっ・・・」
「マジで敏感っスよね・・・」
陶酔したような声で呟く。新庄は太股の内側を撫でるだけで身を捩った。赤星の肩先に置かれた手に思わずといった具合に力が込められる。
なるべく声を出したくないらしいのだ。咄嗟に出てしまう言葉ではなく吐息に近い声意外は必死に堪えているようだった。いつもいつも。そんな意地らしい姿を
見せつけられては尚更責め立てたくなるのが恐らくは人間で、そして男だ。少なくとも赤星はそうだった。割れた腹に小さく何度も口づけ、時間をかけて肌を辿り、
厚い胸に色づいたほのかに薄赤いそれをねっとりと舐めた。たったそれだけでびく、と新庄の体が大きく揺れた。
「めろっ・・・止めろっ・・・」
「気持ちいいくせに。ここ。新庄さん女みてー。気持ちよすぎて嫌?」
「おまえ殺すぞ・・・!」
「えへ。恐い顔」
新庄は力を振り絞って赤星の下からどうにか這い出ようとした。新庄は力が強い。けれど赤星も力が強い。総合的に見れば新庄の方が勝るのかも知れないが、
正確なマウントポジションを取っている赤星には勝てないのだ。そのうえ一方的な愛撫が新庄の力を奪った。その様を見下ろす赤星の目は
強者が弱者を見下す目に少し似ていた。二つの決定的な違いは、強者の目にあるのが倫理を失った邪心なら、赤星のそれにあるのは痛いほどの愛が生み
出す支配欲だった。
倫理を失ってはいないはずだった。邪な気持ちなどは無かったのだ。ただ無性に触れたくて。快感を与えたくて。乱れる様が見たくて。泣いて縋る新庄が見たくて。
そこにはひとひらの汚れも無い、ただ真っ白な純粋ささえあった。
赤星はこんなにもドラスティックに女性を相手にしたことが無かった。セックスに至る要因は空っぽの支配欲と意味性を欠いた義務感。そして十代らしい性欲だった。
キスや愛撫は自らのスムーズな射精へのプロセスに過ぎなかった。事務的だと言っても間違いは無いほどに。
「う、あ」
「・・・ね、ほら、ガチガチっスよ。触って欲しい?」
露骨な言葉を耳元で囁かれた新庄は固く目を閉じた。今ここで何をされ、何をされようとしているのか。そして何をして何をしようとしているのか。赤星の言葉に
よってそれらが浮き彫りにされる。
「ちゃんと言わねーとひでーことするかも知んねーっスよ俺」
「っるせえ・・・信じらんねえ・・・おまえ最低だ」
新庄はとうとう折り曲げた腕を顔にあてがった。顔を隠した新庄を眺めながら赤星はにやりと笑い、一段と下品さを露にした。
ひどい事をするというのは本心だったけれど、あくまでも
辛うじて道徳的な範囲内に留まる程度でだった。物理的な傷を与えようと思ったことはもちろん一度も無かった。もし新庄がそれを望むならばいくらでも与えただろう
けれど。ただほんの少し嗜虐的な要素が赤星にはあったかも知れない。一方的な愛撫と暴力的な言葉を与える事で新庄の理性を崩せるのなら赤星はいつでも加害者に
なり得た。そして愛撫と言葉は赤星の方がより優位である事を新庄に知らしめる役割も果たしていた。日常的な決定権は全て新庄のものだった。二人の間には
絶対的な権力の差が堂々と居座っていた。
「口と手、どっちがいい?」
「知るかよ・・・!」
「ほっとくと痛くなんじゃん。ねえどっちがいいの?」
新庄はもう一度知らねえと言った。泣きそうな声だった。赤星のズボンの膨らみが更に目立った。こういう声を聞かされるたび、赤星は今度こそひどい事をしてやり
たくなった。加害者と被害者の誕生はいつもぎりぎりの所で免れていた。どうして好きなのに傷つけたくなるのだろう。
「・・・あんま可愛すぎるとね、危ない目に合いますよ」
「おまえぜってー変態だろ・・・」
「知らなかったんスか?そんなん今更っしょ」
さらりと言ってから新庄のズボンをずり下ろした。新庄は赤星の腕を掴んでそれを制止しようとした。赤星は体を浮かして新庄の胸に舌を這わせ、力を奪い取る。
赤星の腕を掴んでいた手から簡単に強さが失われていく。意地らしい弱々しさだけが残った。
「完立ちじゃねーっスか。ていうか濡れてるよ。超やらしい」
ズボンと下着を抜き取った赤星は新庄の足元に移動し、膝に腕を入れてぐっと引き寄せる。新庄は決して顔を見せようとはしなかった。赤星は半裸の新庄を恍惚と
眺めている。鍛え抜かれた体を自分の好きなように出来るのだと思うと胸が高鳴った。赤星は完全に立ち上がっているそれに手で触れる。先端にそっと人差し指を
接触させ液体をすくい取った。新庄の喉から声が届く。赤星はぞくぞくとした感覚が過ぎるのをゆっくりと待ってから新庄のそれを握った。そっと包むように。
出来るだけ刺激を与えないように。赤星は慎重に動いた。十分な刺激を与えられていないにもかかわらず新庄はシーツを握り締めた。赤星の手はゆるやかに上下し出し、
徐々にその速度を上げていく。
「んんっ、んっ・・・」
新庄は必死だった。唇を噛み締め、目をきつく閉じた。何とも無い、何とも無い、と頭の中で繰り返し呟いたり、昨日の夕食は何だったかなんて事を考えたりもした。
どうしてもいやらしい声が出てしまう。まるで自分の声じゃなかった。泣き声のような掠れた声。そんな自分の声が聞こえるたびそれに属するこの瞬間の状況を嫌でも
思い知らされるのだ。自分がどんな姿を赤星に見せているのか。本当に泣いてしまいたくなった。赤星はそんな新庄をあざ笑うように追い立てていく。
「あ・・・星っ・・・」
「ん?」
「も、無理・・・」
「もうイク?」
「はっ・・・あっ・・・」
「イかせてっつって」
「っざけんなてめえ・・・!」
「言わねーと止めますよ」
「くっ・・・」
「ねーホラ。早く」
「ってえ・・・!っか星・・・!」
新庄の腰が浮いた。赤星は逃げられないように膝に回した腕にしっかり力を込めた。それでも新庄はどうにか赤星から離れようと夢中になって体を動かしている。
赤星は手の上下運動を止め、出来るだけきつく握った。痛みを与えるためだった。新庄の顔は理想的だと言っていいほど苦痛に歪んだ。
「言わねーと止めるってちゃんと言いましたよね」
赤星は高圧的な口調で言った。いつも横行させている権力が今は存在しないのだと示すためだった。まだ新庄は弁えていないようだった。現在一体どちらの立場が
上なのかを。赤星は日々の中で新庄に愛されているという実感を手にした事なんて一度も無かった。全てを新庄に委ね、服し、従い、待った。そして全てを捧げた。
それは愛であり時間であり言葉であり行動であり、文字通り全てだった。新庄に逆らえるわけなんて無かった。愛しているのだ。何もかもを捧げても足りないほどに
愛しているのだ。赤星は今までどれだけのものを新庄から与えられただろう。たとえそこに愛があったとしても赤星の比ではなかった。赤星の想いと同等だとは
とてもじゃないが言えなかった。それでも赤星は新庄を愛する事しか出来なかった。どれだけ冷たくされても突き放されても。ただ隣にいられればと何度願ったか
分からないのだ。自らの全てを懸けてこの愛を貫き通す赤星が、ほんの束の間だけでも新庄の全てを思うままにしたいという欲求は罪に属してしまうのだろうか。
「言わねー?」
「痛てえ・・・痛てえっ・・・」
「そりゃ、痛くしてんだもん。言わないんスね?」
「殺すぞ・・・!」
新庄は声を振り絞ったが殴りかかったりはしなかった。本気ではなかったからだ。新庄は赤星の強い言葉を待っていた。冷ややかな指示を望んでいた。
命令されて従えばそれは自分の意思ではなくなるのだ。自分の意思じゃない。これは赤星が望んでいる事。自分は望んでいない。ただ赤星の言う通りにしてやっているだ
け。そうやって全てを赤星に擦りつけたかった。そうすれば見ないふりが出来たから。気づかないふりが出来たから。自分を情けないと思う気持ちも惨めだと
思う気持ちも、快感に溺れ行く無様さも。何もかもを赤星に転嫁出来た。赤星が残酷であれば残酷であるほど。
「もう優しくなんてしませんからね」
赤星は真ん中の三本の指を新庄の口の中に無理やり押し込んだ。出来るだけ唾液が絡むように。新庄は何度も嗚咽をこらえて涙目になって行った。それが生理的な
涙なのか精神的な涙なのかは新庄自身分からなかった。新庄はこの瞬間、赤星にあらゆる権限を手渡し、あらゆる責任を身勝手に押しつけた。そして赤星はその権限と責任を
一ミリも余す事なく引き受ける。最初はお互い手探りでこんな駆け引きをしていた。もちろん上手くは行かなかった。二人はそれぞれの思想や価値観を守ろうと必死だった。
赤星は新庄の中に自分という存在を植えつけたくて。新庄は自分の人間性をどうにか守り通したくて。激しい攻防だった。今では暗黙の内だった。こういう複雑なやり取りが可能になるほど
赤星と新庄は極めて根の深い所で繋がり合うことに成功していた。けれど不器用な少年たちがそれに気づくにはまだ長い時間が必要だった。
「う、んん・・・!」
「まだ痛い?そりゃ痛てーか。こんなとこに指突っ込まれたら」
「はっ・・・あ・・・あ・・・」
新庄の腰が反射的に逃げを打つ。赤星はそれを許さずに片方の足を肩に担ぐようにして新庄の体と自分の体をしっかりと密着させた。痛みをはぐらかそうと
しているのか、新庄は何度も枕を握り直した。苦しそうな新庄の表情には神々しささえ感じられてならなかった。脆弱そうに下がった眉も、虚ろな涙目も、
薄く開いた唇も、そこから覗く並びの良い前歯も赤く湿った舌も。全てが悩ましく官能的で。決して見てはいけないものを見ているようだった。恐いくらい
綺麗だった。
「今自分がどんだけエロい顔してるか分かってます?」
「っるせ・・・し、知るかっ・・・」
「もーダメっス。マジで限界」
赤星は指を引き抜いて肩に乗せていた新庄の足を丁寧に下ろし、雑な動作で上に着ている服とズボンを脱ぎ捨てた。新庄の体にまたがり膝で歩くようにしてどこか
ぼんやりとしている顔の前まで腰を近づけた。金髪を掴んで斜めを向いていた新庄を振り向かせる。そのまま断りも無く口の中に入れた。新庄は何を言われるでもなく
口を大きく開けた。歯が当たってはいけないと咄嗟に思ったのだ。この期に及んで赤星の心配をしているのが悔しかった。死ね、と心の中で自分自身に言ってみた。
それでもやはり、なるべく口を開けた。
「う・・・ん・・・」
「はあ・・・気持ちい・・・」
赤星は自らゆっくりと腰を動かし新庄の口の中に酔い痴れた。何も知らない子どもみたいな舌と唇だった。知っている事といえば口を開けることだけ。
それ以外はただされるがままだった。可愛くて仕方なかった。
しばらくそんな感覚を味わい名残を惜しむようにそろそろと無知な口から雄々しいものを取り出した。
それからテーブルの上に置いた避妊具を取り新庄に半ば強制的に手渡した。
「つけて」
「ふ、ふざけんな・・・何で俺が・・・」
「俺は生でもいいんスけど。余裕で」
それの不使用を許してくれない事を逆手に取った赤星は新庄の顔の前に卑猥なほどに腰を突き出し「早く」と言った。新庄は数秒躊躇ったけれど観念したのか
小さな袋を破いた。
「コンドームってさ、避妊具っつーじゃねーっスか。男同士でやるときも避妊具って言うんスかね?」
新庄の頭の中に避妊具、とご丁寧に漢字まで浮かんだ。妊娠なんかしてたまるかと思ったがそれ以外の日本語らしい日本語は思い浮かばなかった。
漢字を頭から追い出してその避妊具を装着させる。口に入れられているときは目を閉じてて見なくて済んだのに。
「つけなかったら妊娠したりしてね。へへへ」
赤星は自分のものに新庄が避妊具を被せて行く様子を満足そうに眺めた。妙に淫らな光景。
それを見届け赤星は元いた場所に戻り卑猥に笑った。さっき脱いだ
服を手にし、新庄の片腕を掴む。その行為の意図が分からない新庄はぼうっと眺めていた。もう片方の腕を取られたときやっと何をされるのかに気づくが意図までは
見えない。
「何、してんだよ」
「新庄さんが素直になるようにすんの」
「ああ・・・?」
訝る新庄を尻目に赤星は新庄の両腕を手のひらを合わせた状態にして何を思ったか纏め上げようとしていた。
「おまえコラ・・・!」
「ちょ、じっとしてくださいよ」
「止めろ、おまえ、マジで」
「大人しくしねーと本気でひでーことするよ俺」
赤星がどれだけわがままで一方的で図々しいかを新庄は改めて思い出す羽目になったと同時に、一瞬の間に赤星の言うひどいことがどんな事なのかを
想像せざるを得なかった。そして腕を縛られたらひどいことをされなくて済むんだと儚い結論を出す。
「こんだけ巻いたら自由に動かせねーっスよね」
見事目的を達成した赤星は新庄の膝の後ろに腕を回し、その腰が浮くほどに抱え上げた。
「入れて欲しい?」
「・・・おまえな」
「入れて欲しい?」
「せーな・・・黙れバカ・・・」
「言わねーと入れてやんねーっスよ」
「おまえ何なんだよマジで・・・」
「いーんスか?そんなじゃいつまで経ってもイかせてやんねーっスよ?」
「黙れ変態」
「その変態に触られて感じまくってんのは一体どこの誰っスかねえ」
「・・・これ解けよ」
「入れてっておねだりしたら考えてあげてもいっスけど」
「言うかバカ」
「言ったらちゃんとコレ触ってあげますよ」
「・・・いらねえ」
「本ト?こんなビンビンなのに?・・・ね、ホラ。早く言ってくださいよ」
赤星はそれだけ言うと口を閉ざしてひどく冷たい表情を作った。思いやりの欠片も見えない薄笑いを浮かべてそのまま新庄を見下した。
自分の感情とは別次元で無慈悲な顔を作るのは得意だった。そして呼吸の音さえ最小限に抑え、無情な静寂を新庄にあてがった。
そうすることで赤星は疑似的に時間を止め、新庄の口が開くまで何一つとして変化が起こり得ない残酷な状況を仕立て上げたのだ。
新庄は下唇を噛み締め赤星を睨みつけた。しかし一切の変化は無かった。ただ沈黙がじわじわと新庄を責めた。
たった一言が言えない。角度を変えてみれば何て事もない極めて日常的な言葉なのに。けれどこの空間においては性的以外の何ものでもないから。
「新庄さん」
赤星が最後の誘導をすると新庄は睨んでいた目を縋る目に変えただけだった。何の躊躇いもなく簡単に言ってのければ少しのいやらしさも生まれないはずなのだ。
しかし新庄は恥じらい悲しみ絶望さえした。その姿こそが日常的な言葉に異常性を付随させるのだけれど、新庄はそんな事を知らなかった。赤星はそれを理解していて、
また楽しんでいた。ついさっき欲望を吐き出し損ねた部分を赤星は意地悪く指先でなぞる。赤星から更なる絶望を与えられた新庄は切ない声を上げた。
「赤星・・・頼むから・・・っ」
そろそろと縛られた腕が動いたけれど赤星の手には届かなかった。行き場を失ってただしなだれ、それを目端だけで確認した赤星はその手の頼りなさを無視した。新庄は傷ついた顔をした。
目に涙を溜めた新庄の口が動いたけれど赤星は「聞こえない」と言い放った。赤星はやはり今ある権力を駆使し、新庄はやはり赤星の強制に身を任せることで
自分の意思じゃないのだと改めて認識する事に成功する。
「・・・入れろ」
「悪い口っスね」
新庄は今にも泣き出しそうだった。けれどやっとのことで涙を堪えた。縛られている以上能動的な動きは出来ない。刺激をもたらすのは赤星の手しか無かった。
だからどんな屈辱も耐え忍ぶしかなかった。赤星が逃げ道を与えてくれるわけなんてない。目の前で下品に笑っている後輩のわがままさと、どれだけ自分を支配
したがっているかを新庄は知っていた。与えられたのは全てを諦める道。
「い・・・入れて・・・」
「何を?」
「それ・・・」
「どこに?」
「こ、ここに・・・」
「いいこだね」
「う、あ、ああ・・・くっ・・・」
「ああ・・・はっ・・・やっべえ・・・」
それは繋がる瞬間。ぐっと押し当てて先端がほんの少しだけ入った時。その一連の動きに強烈な快感が襲う。目が眩むくらいの。頭が真っ白になって唐突な射精反応が起こりそうになった。
こんな感覚は新庄と出逢うまでは知らなかった。新庄との関係を介して一つになる事がどれほどの興奮を呼ぶかを知った。セックスは必ずしも性的な欲求だけで成り立っている
わけでは無かったのだ。今までの女性を相手にしてきた性的な行為がどんなに無意味だったかを思い知らされた。
「は、あ・・・。ヤバイ気持ち良すぎる・・・マジでっ・・・」
「あっ・・・んん、ん、あっあ・・・」
赤星の反復運動に合わせるように新庄は堪えきれない声を漏らした。どうにか与えられる刺激をやり過ごしたかった。新庄は色んな事を考えた。昨日の夕食はもうとっくに
思い出していたから一昨日の夕食に挑んだ。けれど新庄は記憶力が良かったのですぐに思い出せた。他には、他にはと新庄は頭の中で言った。この間岡田がビートルズは
ロックじゃなくてポップスだと言っていた。安仁屋はその時何て言ってたっけ?御子柴が練習試合でホームランを打ったのは何回の時だったっけ?桧山が授業中に見ていた
漫画のタイトルは?川藤が好きな映画女優の名前は?色んな事が次々に浮かんだ。浮かんで、それぞれの顔を思い出して、何だか見られているような気がして来た。
堪らなく恥ずかしくなった。刺激は苦しいくらいの確かさで快感を連れて来た。
「ぁあっ・・・解け、これ・・・解け・・・!」
「自分で触んの・・・?」
「おまえが触んね・・・から、だろっ・・・」
「ダメ。まだダメ」
「ん、あ、・・・んでっ」
「触りてえ?」
「うっせ・・・早く解け・・・っ」
「ちょっと、後でね」
「た、頼むから・・・頼むから・・・」
赤星はもう一度「ダメ」と言った。腰を打ちつけられるたびの快感と、興奮が最高潮の時に中断されそのまま満足な刺激を得られなかった未達成さが新庄を追い詰めた。
液体に働く引力が崩壊し、とうとう新庄の目から涙が零れる。ぼろぼろと落ちるそれは赤星からなけなしの理性を奪い去った。
「あ、あぁ、あ・・・!」
「だ、だから・・・さっき言ったでしよーが・・・あんま可愛いとひどい目に合うって・・・」
泣き顔をうっとりと見つめながら新庄の太股をそれぞれ抱え込んだ。赤星は反復運動の速度と強さを出来る限りの力を持ってして上げた。労わる気は無かった。傷つけば良いとさえ思った。
好きとか嫌いとか、どこにでも溢れている感情なんて要らなかった。愛したり憎んだり、最上だったり最低だったり。何よりも強い感情が欲しかった。そこら辺にある
感情しか向けてもらえないなら世界で一番憎まれた方が幾分かマシだった。新庄は苦しそうに顔を左右に振った。自分が与えた苦しみに新庄が染まって行く。
赤星はある種の美しさを感じた。
「あか、赤星っ・・・あ、赤星っ・・・んっあ、あ・・・!」
「新庄さん、俺のことしか考えちゃダメっスからね・・・絶対。ね、返事出来る?」
「分かった・・・わ、分かったから、もっ・・・ゆっくり・・・っ」
「もうちょい我慢して・・・はぁっ・・・」
救いを求めようと新庄は目を開けた。すると赤星の切なそうな顔と出会った。いつもの自信過剰で憎たらしい表情はそこに無かった。体を重ねるたびに見せるこの顔は
必死で、新庄しか見ていない強さを持っていた。反則だって言いたくなるくらい。
「ああ・・・っキそ・・・ね、もうイクっ・・・」
「・・・くっ、あ、はあっ・・・ああ、あっ」
「し、新庄さ・・・イクよっ・・・」
「んん、あ、はっ・・・ああっ、あ、あ・・・!」
赤星は出来るだけ新庄の奥を突いた。新庄の声は更に切迫した。その声を少しの間堪能した赤星は全てを出し切って肩で息をする。新庄はぐったりとして
動けないようだったが早く抜けと掠れた、今にも消え入りそうな声で言った。赤星はそれを聞き入れなかった。
その代わりみたいに赤星はキスをした。唇に食らいつきながら少し腰を動かすと新庄が声を上げる。赤星は飽きもせずそれを何度も繰り返した。
「おまえコラっ・・・いい加減にしろよ・・・!」
「何スか、気持ち良いくせして」
「るせ・・・黙れ変態」
「あ。んなこと言うんだ」
新庄の額に唇を落として赤星はようやく引き抜いた。ゆっくりと、じわりじわりとしたその動きにまた新庄は声を零した。赤星はおもむろに新庄の腕の束縛を解いた。
それから何かを考えるように目線を動かしてからとんでもない事を言い出した。
「新庄さんが一人でやってるとこ見せて」
その並外れた要求に新庄は唖然とした。この男は一体何を言い出すのだろうか。
「は、おまえ、何考えてんだよ・・・バカじゃねーの・・・」
「や、だって。じゃーそれどうすんスか?」
そう言われて新庄は口ごもってしまった。どうすると聞かれてこうすると言えないのが新庄慶だったのだ。赤星はそうと知っていてわざと言った。まだ主導権を
手放すには惜しかった。
「ね。やって。俺見ててあげますから」
「・・・帰れおまえ・・・すげームカツク・・・」
「ほら」
太股の内側の敏感な部分に吸いついた。段々移動して足のつけ根。肝心な所には一切触れず。だけどその近くを丁寧に丁寧に舐めた。新庄の手をそっと取って
導いてやる。新庄にはやっぱり拒否権が無かった。ぎこちなく新庄の手が動き出した。
「いつもさ、何考えてやってんスか?」
「だから黙れって・・・」
「いーじゃねーっスか教えてくれたって。ちなみに俺のオカズは新庄さん」
「・・・うるさい」
人前での自慰は予想以上に過酷だった。セックスは二人でするものだがこれは当然一人でする秘め事なのだ。誰かが見ている前でなんて異常だった。新庄は
赤星の視線に耐え切れなくて枕を引っぱって来た。それに顔を埋める。別の空間にいるんだと思いたかった。
「ダメっスよ顔隠しちゃ」
「っめろコラ・・・!」
「はい没収ね」
「くそっ・・・おまえマジ最低だ」
「手がお留守になってますよ」
新庄はむっとしたがやはり集中しきれなかった。赤星がじっと見つめてるから。恥ずかしくて死ぬんじゃないかと思えた。それでもどうすることも出来ず必死に
手を動かした。
「あっ・・・」
「気持ち良いの?」
「ん、ん・・・」
数分もしない内に新庄は緩やかに周囲を見渡した。赤星は何かを探している事とそれが何かにすぐ気がつき、目的のものに伸びようとしている新庄の手を捕まえた。
指と指を絡ませる。
「おま・・・離せっ・・・」
「出すとこもちゃんと見せてくんなきゃ」
「っかやろ・・・っ」
一瞬手の動きを止めようとしたがそれよりも目先の欲求の方が勝った。
「は、あ、んん」
「イク?」
新庄は慌しく頷いた。もうすぐ体内から排泄されるだろう液体を受け止める役目を果たす物を与えられるんだと信じて疑わなかったから。ティッシュとかタオルとかそういう類の物。もちろん
ティッシュが一番好ましい。けれど赤星は与えるどころかまた奪った。新庄の右手の健気らしい動きを赤星は止めてしまった。もう本当にあと少しで、あと何回か
手を上下に動かせばこんな正常じゃない行為は終わりを迎えたのに。
「な・・・離せ、離せコラっ・・・離せ・・・!」
「新庄さん、今度さ、コスプレしよっか」
赤星はとても楽しそうに言った。新庄はとてもじゃないが信じられなかった。自分の耳を疑うくらいに。けれど二度目の中断は耐えれるものじゃなかった。痛烈だった。
新庄は必死の思いで同意をする。心からそう誓うほど。
「する、するから、するから」
「本トに?」
「するから、だからっ・・・」
「じゃーね、セーラー服とか」
「分かった、分かったから、分かった、赤星分かったから」
「ナースも?」
「何でもするから、何でもするから。早く、早く手ェ離せっ・・・」
新庄の従順さに赤星は満たされた。けれど満たされた瞬間に更なる欲を呼ぶ。赤星はこの際もっとひどい事をしてやろうかと決断しかけた。新庄をその人間性ごと否定したり踏み躙ったり痛めつけたり。一生消えないくらいの傷をつけたり。
たとえば今この場で新庄を殺害する計画を企て実行したり。そうすれば。もしかしたら。新庄さんの全てが自分のものになるのかも。無邪気にそう思った。
少しだけ本気だった。新庄慶が欲しかったから。赤星の純粋さは一歩間違えば狂気だった。自分がどれだけ間違っているかを知っていた赤星は新庄の右手を戻すべき場所に導いた。
新庄は目の前にいる赤星の葛藤なんて知らずに再び快感を追い始めた。ごめんね、と小さく言った赤星の声は新庄に届いただろうか。
「あ、あ、あ・・・!」
不可抗力に近い形で繋がれた左手を新庄は無意識的に強く握った。それとほぼ同時に白く濁った液体が新庄の腹の上に散った。新庄の痙攣が治まるのを赤星は恍然と
見守る。力無く横たわる新庄は気怠そうな表情で視線を空中に漂わせていた。一枚の布さえ纏わない下半身。腹筋の割れ目に溜まった液体。胸まで捲くれ上がったTシャツ。
その最上級の媚態に赤星はすっかり見惚れた。余韻の中を彷徨っていた新庄とふいに目が合う。新庄は瞬間的に顔を逸らし外界を遠ざけるみたいに目を伏せた。
逃がさないとばかりに赤星は口づけをする。清潔感に溢れた柔らかい唇。何度味わったって飽きる事はなかった。
「コラ・・・どけ・・・」
とうとう呼吸への不安を感じた新庄は赤星の体を押した。満足な力は入らなかった。赤星はその弱々しい手を取り骨ばった甲に唇で触れた。まるでそれが
合図みたいに全てが元に戻り始める。何もかも。全てが。あるべき状態に回帰する。新庄はこれでもかというくらいに赤星を睨みつけた。
「おまえな・・・。おまえ・・・拭けよこれ。服に着いたし・・・信じらんねえ」
それが他人のものだろうと自分のものだろうと新庄にとっては綺麗なものじゃない。明らかな嫌悪感を持った。新庄の前では余韻なんてものはひどく儚いものだった。
汚れた腹を手厚く拭っている赤星に染みが残ったら殺すぞと警告した。赤星は「はい」と素晴らしいくらいの正しい返事をしたが、心の中でこの人は何て
理性的な人なんだろうかと改めて思っていた。それは絶賛に近かった。ついさっきまであんなにも乱れた姿を晒していたのに新庄は瞬く間にいつもの新庄慶に
戻って見せたのだ。赤星の手には主導権なんてものはもう無かった。とっくに。新庄に全てを奪われる番だ。
「喉乾いた・・・」
「お茶っスか?」
「何でもいい。冷てーの」
ティッシュをゴミ箱に投げ自分の後始末もし、下着を履きクローゼットから新しい服を取り出してそれを新庄に手渡す。それからそそくさと冷蔵庫に向かいポカリとミネラルウォーターと
お茶、どれがいいか赤星は真剣に悩んだ。本当に真剣だった。新庄さんの今の気分はどれだろう、赤星はそんな事で真剣に悩めるくらい新庄を愛していたから。あまり時間をかけていられないからやっぱりお茶だろとどこか自身ありげに決断し、
手際良くそれを注いで新庄の元へ運んだ。
「これ」
赤星は自分の選択が正しかったかどうかを知る間を与えてもらえず次の指令を下された。Tシャツを受け取り洗濯機に入れた。ベッドに腰を下ろすと
新庄が下着を着けようと上半身を起こしているところだった。
「起きれます?」
赤星に手を引かれた新庄は今更労わるなとむっとしたが体が言うことを聞かなかった。結果的に赤星の厚意に甘える形になった。それでさらにむっとした。
「風呂一緒に入りましょーか」
不機嫌そうな顔の新庄が首を縦に振ったのは疲れていたからだ。本当ならこのまま寝てしまいたかったけど、汚れた腹部をそのまま放って置くなんて論外なのだった。
いくら赤星が綺麗にしたとは言え。お湯を張るのも着替えの用意も
体を洗うのも何もかも全部赤星にやらせればいいのだから。
赤星は窮屈な風呂場で新庄のありとあらゆる命令全てに従った。新庄の体を綺麗にしていく。優しい力で。それは赤星にとっては自分だけに許された特権だった。
毎日まいにちはさせてくれないけれど。赤星は新庄にたくさんの注文をつけられてもちっとも嫌じゃなかった。これは新庄と築き上げてきた赤星のありのままの
日常なのだ。新庄はわがままを貫く事で自分を守ろうとしていた。ほんの些細な外的影響で新庄の均等は壊れてしまう。赤星は新庄のそういう脆さを知っていたから。
それを全部預けて欲しかったら。
一体どこまで溺愛すれば気がすむんだろうと赤星は思った。
新庄の体についた柔らかい泡を丁寧に流しながら。新庄はされるがままで、気持ち良さそうに目を閉じていた。どれだけ考えても限界なんてあるとは思えなかった。